カンディンスキーの点と線から面へ: 絵画の魔法に耳を傾けて
外では読めません。笑
本日はヴァシリー・カンディンスキー の「点と線から面へ」。ワシリー・カンディンスキー と表記されたりもしますね。ロシア出身の画家で抽象画の巨匠です。最近立て続けに本をアップしていますが、それぞれを並行して読み進めている感じです。マチスのみ読み終わりました。
図書館は宝の山ですね。
さて、カンディンスキー 先輩の本です。
もう中学生の頃から何十年と好きな画家です。
飽きない、全く飽きない。
彼の絵からは歓びを感じます。なんだかとても楽しそうだ。
それを中学生のときに見て感じたのですよね。
最初に見たのは絵葉書だったのか?それとも本だったのかは忘れてしまいましたが、我ながら好みが渋いなと思いました。
図形を組み合わせ絵にするというのは、意味のないものに意味を付けるというのかな。
物語を組み立てていくような、その感覚に胸が躍る。見る人の心の中のものが図形を意味付けていく。カンディンスキー はその完成がとても高かったのかもしれませんね。
本の内容ですが、タイトの通り点と線と面についてのカンディンスキー の考察が書かれています。点だけで40ページ以上。点についてこれほど語れる人は他にいるのだろうか。
点の緊張、点の響き。
カンディンスキー が点にどのようなことを感じているのか。
図形に対する感性が花を愛でているような愛のある眼差しと言いますか。これは、だいぶマニアック度高めです。笑
どうしても小説などとは違い抽象的な概念になりますので、読んですぐに「わかる」という感じではありません。わかるの種類がまた違うのかもしれない。
抽象画が難しいと言われる理由も、パッと見ただけでは何が描いているかがわからないからだ。
わからないものは難しいと感じることもある。
わからないものは遠ざけたくなる。
その反対にわからないからこそ惹かれることもある。絵は見た人の内面を映し出すもの。
そのような捉え方をしてみるとまた違った感想が出てくるような気もします。
さて、そしてまたもや、音読です。まるで詩を読んでいるようだ。声に出すと内容の吸収率が全然違うんですよね。ただ音読しているだけでではなくて、抑揚をつけたり、少しオーバーに強弱をつけたり。
カンディンスキー になりきって声に出してみる。自分の口から出てくる言葉は、いつもは使わない文体で新鮮だ。音読というのは、言葉のレパートリーを増やしてくれる。
では最後に。
「全ての絵は、点と線と面でできている。」
1926年 ワシリー・カンディンスキー 「いくつかの円」
他記事
★クレーの芸術と思考:隠された深層への探求
すでに登録済みの方は こちら